墓参りはしなくてもいい?|千条印蓮宗の考え
「墓参りに行けていない。」
「行かないと、ご先祖様に失礼でしょうか。」
そのような相談を受けることがあります。
結論から申し上げます。
私は墓参りはしなくてもよいと考えています。
本記事では、一般的な考え方と、千条印の考えを解説します。
墓参りはしなくてもいい【結論】
墓参りへ行かないだけで、不幸になったり、
ご先祖様が怒ったりすることはありません。
墓参りは義務ではなく、故人や先祖を偲ぶための供養の一つです。仕事や育児、病気、遠方に住んでいるなど、さまざまな事情で行けない人もいます。
そのことだけで、供養ができていないとは言えません。
一般的な考え方
仏教には多くの宗派があり、墓参りに対する考え方も異なります。
共通しているのは、墓参りは感謝や供養を表す大切な習慣である
という点です。
一方で、
「行かなかったから罰が当たる」
と断定する教えは一般的ではありません。
千条印蓮宗の考え
ご先祖様は、墓石の中だけにいるわけではない
私はご先祖様は墓石の中だけに存在するものではない
と考えています。もし本当にそうなら、
海外へ移住した人。
病気で外出できない人。
お墓を持たない人。
その人たちは、一生供養できないことになってしまいます。
私は、そのようには考えません。
大切なのは距離ではなく、心
年に何度も墓参りへ行く人でも、普段は家族を大切にしない人がいます。
反対に何年も墓参りへ行けなくても、
毎日、ご先祖様へ感謝している人もいます。
私は、後者の方が、よほど供養になっていると考えております
墓参りへ行かないことより大切なこと
ご先祖様が望んでいるのは、子孫が罪悪感を抱えながら生きることではありません。
毎日を一生懸命生き、
家族を大切にし、
人に優しくすること。
その積み重ねこそが何よりの供養だと私は考えています。
もっと言ってしまえば
死んだ人間よりも生きている人間が大事です
行けるときに行けばいい
墓参りへ行けるなら、もちろん行っても構いません。
墓を掃除し手を合わせ
故人を思い出す時間は尊いものです。
しかし、
「行かなければいけない」
という義務感だけで行く必要はありません。
千条印蓮宗が伝えたいこと
私は、墓参りをしない人よりも、
生きている家族を大切にしない人の方が問題だと考えています。
亡くなった人を大切に思う心も大切です。
しかし、今、目の前にいる人を大切にできないのであれば、本当の供養とは言えません。
だから私は
墓参りへ行けないことで自分を責める必要はないと思っています。
ご先祖様を思う心は、
墓地だけではなく、日々の生き方の中にも表れるものだからです。
千条印蓮宗
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